実名・匿名論争を凌駕する圧倒的な何か

いやー、実に5年ぶり?のブログアップです。。

去年からNewsPicksというアプリを頻繁に利用しているのですが、今年に入ってからいくつかの仕様変更があり、そこで所謂「実名・匿名」論争があったので、僕なりの考えをまとめてみました。


まず、先に僕個人のスタンスを述べると、基本的には匿名の方からの意見も拝見したいと思っているので、匿名意見が排除されるのには反対です。それは、匿名の中にも自分にとって有益な情報はたくさん埋もれており、そういった情報にアクセス制限がかかることに不便を感じています。

ただ一方、実名主義も一定の理解はできます。
NPが匿名を排除することの方がメリットを見いだせるという方針を打ち立てたのであれば、一ユーザとしてはその判断に理解を示し、今後も利用し続けたいと思います。本当に嫌なら使わなければいいだけだと思いますので。

ま、でも、この実名・匿名問題って結局価値観の違いだけであって、どちらが正しい、間違ってるってことじゃないと思うんですよね。
例えばPRGゲームに置き換えると、全アイテムを取ってクリアするのか、ただひたすらクリアだけを目指すのか。どちらの楽しみ方もあって、それは人それぞれですが、僕個人としてはゲームをクリアすることよりも、全ての宝箱を見つけ出してアイテムを取りたい派です。そこに、ひょっとすると誰も見たことのないアイテムが隠れているんじゃないのか!?という好奇心があるので。そーゆー感覚に似ているのかなぁと。


ちょっと話は脱線しましたが、話しを元に戻して、最近色々とこの匿名・実名問題の本質について考えていました。そこで行き着いた答えが、「この論争を凌駕するような圧倒的な仕組みを我々はまだ構築できていないから」ではないのか、と考えるようになりました。


では、圧倒的な仕組みとはどういうものか。
実名・匿名関係なく、質の高いコメントを大勢の人が見れる環境、逆に実名であろうが著名であろうが、あまり有益とは思えない情報は比較的見えにくくする。

例えば、インターネットという大きな枠の中では有益な情報やあまり有益でない情報が溢れ返っており、その情報提供者というのは実名の人もいれば匿名の人もいます。で、その有益と思われる情報にアクセスしやすくしたのが皆さんもよくご存じのGoogleですよね。
このGoogle検索結果の上位に来るリンク先が実名か匿名かなんて、あまり誰も気にしてないと思います。気にするのは、その先の情報が自分にとって有益かどうか。

最終的には、Wikiニュース版みたいな感じができて、そこに知識が集まり、議論が発展する基盤ができたらいいかなぁと。